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横浜地方裁判所 平成10年(行ウ)6号 判決 1998年9月16日

原告

園部靖夫(X1)

小川増藏(X2)

被告

横浜市長(Y1) 高秀秀信

右訴訟代理人弁護士

村瀬統一

二川裕之

大和田治樹

被告

高秀秀信(Y2)

右訴訟代理人弁護士

中村俊規

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告横浜市長は、横浜市健康保険組合に対し、二分の一の負担割合を超える保険料負担金を支払ってはならない。

二  被告高秀秀信は、横浜市に対し、三一億八九九二万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、訴外横浜市健康保険組合(以下「訴外組合」という。)が、その事業主である横浜市の保険料の負担割合をその規約により二分の一を超えるものと定め、被告横浜市長(以下「被告市長」という。)が右定めに基づき右保険料を訴外組合に支払っていることについて、横浜市の住民である原告らが、右のような規約の定め及び支払が違法であってこれにより横浜市は回復すべからざる損害を被ることになるとして、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき被告市長に対し右の二分の一の負担割合を超えて保険料を支出することの差止めを求めるとともに、同項四号前段に基づき横浜市長である被告高秀秀信(以下「被告高秀」という。)に対し平成八年一一月二七日から平成九年一一月二六日までの間、二分の一の負担割合を超えて訴外組合に支払った保険料に相当する損害賠償金三一億八九九二万円を横浜市に返還するよう求めた住民訴訟である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも横浜市に居住する住民である。

(二) 被告高秀秀信は、横浜市長の職にある者である。

2  訴外組合と保険料負担割合の定め

(一) 訴外組合は、健康保険法(以下「健保法」という。)に基づき、組合員である被保険者の健康保険を管掌することを目的として、昭和二三年一一月一日に設立された法人であり、事業主である横浜市と被保険者である横浜市職員約三万人とから構成されている。(〔証拠略〕)

(二) 健保法七一条の四第八項は、健康保険組合(以下「健保組合」ということがある。)の保険料率について、「健康保険組合ノ管掌スル健康保険ノ保険料率ハ千分ノ三十乃至千分ノ九十五ノ範囲内ニ於テ政令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ決定スルモノトス」と定め、健康保険法施行令(大正一五年勅令第二四三号。以下「健保令」という。)二五条は、健康保険組合は組合会の議決により保険料率を決定できる旨定めている。そして、健保法は、保険料の負担割合について、「被保険者及被保険者ヲ使用スル事業主ハ各保険料額ノ二分ノ一ヲ負担ス」(七二条)、「健康保険組合ハ第七十二条ノ規定ニ拘ラス其ノ規約ヲ以テ事業主ノ負担スヘキ保険料額ノ負担ノ割合ヲ増加スルコトヲ得」(七五条)と定めている。

また、健保法七一条の四第九項、健保令一条の二は保険料率の決定について、健保法三六条及び健保令一条の二は健康保険組合の規約の変更について、それぞれ厚生大臣の委任を受けた都道府県知事の認可を要する旨定めている。さらに、健保令三一条は、規約の変更には、組合会において四分の三以上の多数による議決を要する旨定めている。

(三) 訴外組合は、昭和五六年二月二〇日の組合会の議決により、保険料率を一〇〇〇分の八〇、規約五五条を「保険料額及び調整保険料額の八〇分の六一は事業主、八〇分の一九は被保険者において負担する」と改正し(事業主の負担割合は約七六・二五パーセント)、同年三月三一日これについて神奈川県知事の認可を受けた。また、訴外組合は、平成九年二月二四日の組合会の議決により、保険料率を一〇〇〇分の八二、規約五五条を「保険料額及び調整保険料額の八二分の六二は事業主、八二分の二〇は被保険者において負担する」と改正し(事業主の負担割合は約七五・六一パーセント)、同年三月三一日これについて神奈川県知事の認可を受けた。さらに、訴外組合は、平成一〇年二月二五日の組合会の議決により規約五六条を「保険料額及び調整保険料額の八四分の六二は事業主、八四分の二二は被保険者において負担する」と改正し(事業主の負担割合は約七三・八一パーセント)、同年三月二七日これについて神奈川県知事の認可を受けた。(〔証拠略〕)

3  被告高秀の訴外組合に対する保険料の支出

被告高秀は、訴外組合の事業主である横浜市の長として、訴外組合に対し、前記規約により定められた事業主の保険料負担割合に従い、平成八年度及び平成九年度の事業主負担に係る保険料を支出した。(弁論の全趣旨)

4  原告らの監査請求

原告らは、訴外組合において、事業主である横浜市が二分の一の負担割合を超えて保険料を負担し、これを公金として支出するのは違法、不当であるとして、平成九年一一月二六日横浜市監査委員に監査請求したが、平成一〇年一月二〇日棄却の決定を受け、そのころその旨の通知を受けた。

二  本件の争点と双方の主張

本件の争点は、訴外組合の規約において、事業主が二分の一の負担割合を超えて保険料を負担すると定め、被告市長が、右規約に従い保険料を支出することが違法であって住民訴訟にいう差止めの対象となるか、また、過去に右の二分の一の負担割合を超えて保険料を支出した被告高秀がすでに支出した金員相当額を横浜市に返還しなければならないか、である。

これについての双方の主張は以下のとおりである。

1  原告らの主張

(一) 都道府県や警察及び教員加入の共済組合は、昭和三七年の地方公務員等共済組合法の施行により設立され、その保険料負担割合は同法の規定によけ、地方自治体と職員とが二分の一宛とされている。これに対し、訴外組合を初めとする同法施行以前に設立された四六組合は健保法に規制され、同法には事業主の負担割合を増加することができるとする例外規定が置かれている。しかし、この例外規定は、民間団体が事業主となっている健康保険組合(以下「民間健保」という。)にのみ適用があると解すべきであり、訴外組合のように、地方自治体が事業主となっている健康保険組合(以下「自治体健保」という。)には適用がないと解すべきである。けだし、そのように解さなければ、訴外組合を初めとする四六組合の被保険者である職員についてのみ、本来負担すべき保険料の一部を税金で賄うことになり、不当にこれを利することになって、憲法一四条の法の下の平等に反するからである。

また、すべての地方公務員の給与は、条例に基づいて支給されなければならず、これに基づかずにいかなる金銭又は有価物も支給してはならないとされているところ(地方公務員法二五条一項)、訴外組合の規約で事業主の保険料負担割合を二分の一を超えて定め、右負担割合に従って被告市長が保険料を支出することは、条例に基づかずに実質的に給与を支給することにほかならないから、違法である。

このように、事業主である横浜市が訴外組合の保険料を二分の一の負担割合を超えて負担することが違法であることは、健康保険組合事業運営基準(昭和三五年一一月七日保発案七〇号厚生省保険局長通知。以下「厚生省基準」という。)が、「第9財務」の1において、「事業主の負担を増す場合においても、少なくとも、法定給付費、老人保健拠出金、日雇拠出金及び退職者給付拠出金に要する費用の二分の一以上は、被保険者が負担するよう定めることが適当である」としていることからも明らかである。

したがって、被告市長が、このような規約の定めに従って訴外組合に二分の一の負担割合を超える保険料を支払うことは違法であり、すでに支払った右保険料に相当する金員は、横浜市に賠償しなければならない。

(二) しかして、被告高秀は、訴外組合の事業主である横浜市の長として、訴外組合の規約により定められた事業主負担割合に従い、訴外組合に対し、保険料として平成八年度に九一億二〇〇〇万円を、平成九年度に九四億九〇〇〇万円をそれぞれ支払った。しかし、事業主である横浜市の保険料の負担割合を二分の一とすると、横浜市の保険料負担金額は平成八年度が五九億八〇〇〇万円であり、平成九年度が六二億七五〇〇万円となる。したがって、これを基準として、平成八年一一月二七日から平成九年一一月二六日までの間の二分の一を超える保険料負担金額を計算すると、三一億八九九二万円となる。

右金員は、違法に支出されたものであり、これにより横浜市は損害を被っているから、被告高秀は、これに相当する金員を横浜市に賠償する義務がある。

2  被告らの主張

(一) 事業主である横浜市には、訴外組合の規約によって定められた事業主の負担割合に従い保険料支払義務が発生し、保険料を徴収される(健保法七一条)。そして、規約に定める保険料の事業主負担割合は、訴外組合の組合会の議決により規約を改正し都道府県知事の認可を得て変更できるのであり、事業主である横浜市が任意に増減できる性質のものではない。したがって、被告横浜市長が訴外組合の規約によって定められた事業主の負担割合に従い保険料を支払い、また支払ってきたことに違法はない。なお、被告市長が保険料の納付を怠った場合、横浜市は、訴外組合から、督促(健保法一一条)、滞納処分(同法一一条の二)及び国税徴収の例による徴収(同法一一条の四)を受けることになる。

また、そもそも、健保法七五条は、「事業主ノ負担スヘキ保険料額ノ負担ノ割合ヲ増加スルコトヲ得」と規定しているだけであるから、事業主の負担割合について何ら限定していない。したがって、その上限を画することができない。もっとも、健康保険制度は、相互扶助の精神に基づき、勤労者の生活の安定を目的とする制度であるから、これに要する費用を被保険者において負担することは、その本旨からして当然であり、健保法七五条の解釈上被保険者の負担割合を全くなくすことは妥当とはいえないと解される。しかし、事業主の負担割合がいかなる程度に達すれば、相互扶助の精神に基づく健康保険制度の本旨に反し、健保法七五条の適用上違法となるかは一義的に明らかではなく、同条が許容する事業主の負担割合の上限を一律に画定することは困難である。しかし、少なくとも、訴外組合においては、被保険者にも相応の負担を課しているのであるから、これが健康保険制度の本旨に反するとはいえず、健保法七五条の適用上違法とされる理由はない。

以上によれば、訴外組合における事業主の保険料の負担割合が二分の一を超えていても、これをもって違法ということはできず、またも右の超過部分をもって実質的にはこれが違法に支出された給与であるとみることもできない。したがって、右のような訴外組合の規約の定めに従い、被告高秀が保険料を支払ったことも、違法ということはできない。

(二) 原告らは、事業主の負担割合を増加することができると定めた健保法七五条は、民間健保にのみ適用があり、訴外組合には適用がないと主張する。しかし、同条は、単に「健康保険組合ハ」と規定しており、市町村等の地方自治体ないしはその連合体を事業主とする健康保険組合(自治体健保)と民間健保とを格別区別していない。したがって、事業主たる横浜市が負担すべき保険料が税収を基本財源とする公金から支出されるという点をとらえて、これら自治体健保の一つである訴外組合に対し健保法七五条の適用を否定することはできない。

また、原告らは、厚生省基準「第9財務」の1の定めをその根拠の一つとして掲げるけれども、厚生省基準は、それ自体行政指導の域を出るものではなく、法的な拘束力を有しない。

第三  当裁判所の判断

一1  訴外組合は、前記のとおり、健保法に基づき、昭和二三年一一月一日に設立された法人であり、健保法の適用を受けるから、その保険料率及び保険料の負担割合は、健保法により規律される(なお、昭和三七年に地方公務員共済組合法が制定されたが、同法附則二九条一項は、市町村職員で組織する現存の健康保険組合は同法の施行日以後は存続しないことの組合会の議決をしなければ同法を適用しないと定め、弁論の全趣旨によれば、訴外組合は、右の議決をしなかったものと認められるから、訴外組合に、地方公務員共済組合法の適用はない。その後、地方公務員共済組合法は、昭和三九年七月六日法律第一五二号により、地方公務員等共済組合法と名称が変更された。)。

2  ところで、健保法は、七二条において、保険料の負担割合について、「被保険者及被保険者ヲ使用スル事業主ハ各保険料額ノ二分ノ一ヲ負担ス」と規定する一方、七五条において、「健康保険組合ハ第七十二条ノ規定ニ拘ラス其ノ規約ヲ以テ事業主ノ負担スヘキ保険料額ノ負担ノ割合ヲ増加スルコトヲ得」と定めているところ、訴外組合が、保険料の負担割合を、健保法七五条の規定に従い、訴外組合の規約で定めていることは前記認定のとおりである。

すなわち、訴外組合は、(一)昭和五六年二月二〇日の組合会(事業主が選定する議員と被保険者から互選される議員それぞれ半数ずつによって構成される会議体である(健保令一九条、二〇条))の議決により、保険料率を一〇〇〇分の八〇、規約五五条を「保険料額及び調整保険料額の八〇分の六一は事業主、八〇分の一九は被保険者において負担する」と改正し(事業主の負担割合約七六・二五パーセント)、同年三月三一日これについて神奈川県知事の認可を受け、次いで、(二)平成九年二月二四日の組合会の議決により、保険料率を一〇〇〇分の八二、規約五五条を「保険料額及び調整保険料額の八二分の六二は事業主、八二分の二〇は被保険者において負担する」と改正し(事業主の負担割合約七五・六一パーセント)、同年三月三一日これについて神奈川県知事の認可を受け、さらに、(三)平成一〇年二月二五日の組合会の議決により、規約五六条を「保険料額及び調整保険料額の八四分の六二は事業主、八四分の二二は被保険者において負担する」と改正し(事業主の負担割合約七三・八一パーセント)、同年三月二七日これについて神奈川県知事の認可を受けた。

二1  原告らは、訴外組合における前記の規約改正は、いずれも訴外組合には適用できない健保法七五条を適用して、事業主が二分の一の負担割合を超えて保険料を支払うものとしている点で違法であり、被告市長が二分の一の負担割合を超えて支払った分は横浜市に返還しなければならないと主張する。

2  しかし、健保法は、保険料について、督促(一一条)、滞納処分(一一条の二)及び国税徴収の例による徴収(一一条の四)等の規定を設けてその支払を義務付け、かつ、これらの規定による処分の取消し又は変更を求める訴えに関しては、健保組合を行政庁とみなしている(四二条の二)から、規約により保険料の負担割合が定められたときは、事業主及び被保険者は、この規約の定めに応じ保険料の支払義務を負うものといわなければならない。したがって、仮に、規約の定めあるいはその改正(財務会計行為の原因行為ということになる。)に違法が存在するとしても、それに基づく保険料の支払(財務会計行為)も当然に違法になるかは一個の問題であって、右のような両者の関係等に照らせば、必ずしも連動するものではないというべきである。

すなわち、仮に規約の定め及びその改正に看過しがたい瑕疵があるという場合で、それにもかかわらず被告市長が漫然とその定めに従った支払に応じたというのであれば、その支払は違法ということにもなろう。しかし、仮に規約の定め及び改正に瑕疵があるとしても、それが当然無効となる程には至らない程度のものであるならば、被告市長が規約に定められた負担割合の保険料を支払うことには、未だ財務会計上の違法があるとまではいえないと解するのが相当であろう。

3  また、その点を措いても、健保法七五条は、民間健保と自治体健保とを区別しないで「健康保険組合ハ第七十二条ノ規定ニ拘ラス其ノ規約ヲ以テ事業主ノ負担スヘキ保険料額ノ負担ノ割合ヲ増加スルコトヲ得」と規定しているのであるから、右規定の文理解釈上、原告の主張するような解釈は生じようがないのである。

沿革的に見ても、健保法は、民間健保と自治体健保とを区別せずにこれらに適用があるものとして規定し、自治体健保等に関し特別法が制定された後には、それとの調整をはかる(一二条等)という改正を施してきた。健保法がそのようにしたのは、元来健康保険事業が公的性格の強いものであり、その観点からは民間健保と自治体健保とを区別する必要はないと考えたからであると解される。例えば事業者が健保組合を設立するのは任意ではある(健保法二八条から三〇条)が、被保険者が常時五〇〇人以上いる事業所の事業主に対しては厚生大臣は健保組合の設立を命じることができ(同法三一条)、また健保組合が設立されない小規模な事業所につき、その被保険者の保険は政府が管掌することとしている(同法二四条)。さらに、保険給付の内容は、法定され(同法四三条以下)、前記のとおり健保組合は保険料徴収の関係で行政事件における行政庁とみなされる。このような点で健保制度には公的な特質が見られ、民間健保であっても設立の有無及び保険給付の内容を自由にしていない反面、自治体健保であっても、適用排除にならないこととしていると解されるのである。

さらに、健保法が民間健保と自治体健保とを適用上区別していないことを保険料の負担場面で検討する。保険の一般原則からすれば、保険料は被保険者が全額負担すべきことになるはずである。しかし、そうなると、保険事故に遭遇する危険の多い職種・状況にある者が保険料を多く負担し、反対にその危険の少ない者が保険料を少なく負担することとなるが、それでは、保険料負担ばかりが多く手取りの少ない被保険者が生じることにもなりかねないので、健保法は、社会保険の相互扶助の考え方に立脚して、第一に被保険者の報酬に比例して、すなわち標準報酬月額に保険料率を乗じて被保険者各人の保険料額が定められることとしている(七一条の二第一項)。健保法は、第二に保険の利益を享受しない事業者についても社会保険の相互扶助的性格に基づき保険料の負担を要請しているものである。したがって、事業主にどの程度保険料を負担させるべきかは極めて政策的要素の強い問題である。そして、事業主の保険料負担割合をどの程度にするかの問題においては、民間健保と自治体健保とで当然に答えが違ってくるという性質上の違いがあるわけではない。そのため、保険料の負担を規定した健保法七二条及び七五条は民間健保と自治体健保とを全く区別していない上、両規定は昭和二二年及び昭和二三年に改正があった以降今日まで変更はないのであり、同法は、この場面でも民間健保と自治体健保とを区別しない態度を採っているというべきである(ただし、地方公務員等共済組合法との関係は後に検討する。)。

4  なお、健保法七五条は、「健康保険組合ハ第七十二条ノ規定ニ拘ラス其ノ規約ヲ以テ事業主ノ負担スヘキ保険料額ノ負担ノ割合ヲ増加スルコトヲ得」とし、その増加の程度について特に限定を設けていないのであるから、訴外組合が事業主の負担割合を前記のように約七六・二五パーセント、約七五・六一パーセント、約七三・八一パーセントと定めたとしても、その数値自体が許容限度を超えて直ちに違法ということはできない。もっとも、事業主が保険料のすべてを負担し、被保険者の負担割合を零とすることは、相互扶助をその精神とする健康保険制度の趣旨に反するものであり許されないと考えられるが、訴外組合の負担割合の定めがそのようなものでないことは、前記のとおり明らかである。

5  したがって、健保法七五条は、自治体健保にも民間健保と区別なく適用されるのであり、かつそのことにはそれなりの合理的理由がある。したがって、原告らの1の主張は採用することはできない。

三1  また、原告らは、地方公務員等共済組合法においては、保険料の負担割合は、事業主と被保険者とで二分の一宛とされているのに、健保法の適用のある自治体健保についてのみ、事業主において二分の一の負担割合を超えて保険料を負担することができるとすることは、そのような健康保険組合の被保険者を不当に利することになり、法の下の平等に反すると主張する。

2  確かに、地方公務員等共済組合法の適用のある場合には、地方公務員共済組合が組合員の疾病等に関し短期給付を行うこととされ、そのための費用は、組合員の掛金と地方自治体の負担金とが一〇〇分の五〇ずつとされ(地方公務員等共済組合法一一三条二項)、かつその割合を変更するための組合会決議のような制度は設けられていない。

ところで、沿革的に見ると、市町村の職員は、短期給付に相当するものについては、昭和二三年以降に民間の被保険者と同様に健保法による制度の適用を受けることとなった。その当時は市町村職員のための短期給付に関する制度は、共済組合が設けられた場合をのぞき、右の健保法によるものしかなかった。

その後昭和二九年に市町村職員共済組合法が制定され、同法に基づく市町村職員共済組合が市町村職員について同法に基づく短期給付を行うようになった。ただし、同法公布の際に同法に基づく組合員となるべき者を被保険者とする健保法に基づく健保組合(自治体健保)を組織している市町村がその健保組合の存続を申し出たときは、当該市町村の職員には市町村職員共済組合法の短期給付に関する条項は適用されず、従前どおり健保法が適用されることとされた。

次いで、昭和三七年地方公務員共済組合法が制定され、市町村職員共済組合法は廃止された。その際にも、現に組合員となるべき者を被保険者とする健保組合(自治体健保)が組織されている地方自治体においては、当該健保組合を存続しない旨の組合会の決議があった場合を除き、当該健保組合は存続し、当該市町村の職員には右の地方公務員共済組合法に基づく短期給付に関する規定は適用されず、従前どおり健保法が適用されることとされた(昭和三七年法律第一五二号地方公務員共済組合法附則二条、二九条)。

なお、地方公務員共済組合法は、前記のとおり、昭和三九年七月六日法律第一五二号により、地方公務員等共済組合法と名称が変更された。(2全体につき、弁論の全趣旨のほか、有斐閣法律学全集「社会保障法」・吾妻光俊、ぎょうせい現代地方自治全集7「地方公務員制度」・田中基介の文献を参考にした。)

3  以上のような沿革からすると、自治体健保は、健保法に基づく制度によることを継続する場合と市町村職員共済組合法及び地方公務員共済組合法に基づく制度の適用を受ける場合との選択が可能となったところ、訴外組合は、昭和二九年の市町村職員共済組合法制定時及び昭和三七年の地方公務員共済組合法の制定時のいずれの場合にも、従前どおりの健保法による制度の適用を受ける途を選択したものである。その理由を明らかにする証拠はないが、理由は、健保法適用という既得権確保の方が良いと判断した結果であろうと推測する。

このように地方自治体の職員の短期給付については、健保法の適用を受ける自治体健保による方法と地方公務員共済組合法の適用を受ける共済組合による方法との二つがあったわけであり、両者に違いがあることを当然の前提として、そのいずれかを選択すべきものとされたのである。したがって、訴外組合がその選択の結果従前どおり健保法の適用を受けることとしたことは法律が予定していたことであり、その意味では問題とするに足りないといわなければならない。仮に問題があるとすれば、地方自治体の職員の短期給付について健保法適用と地方公務員共済組合法適用との選択を可能とし一元化をしなかった立法政策ということになろうが、現実の立法にあってはやはり沿革あるいは現に存在する違いを看過することができない場合もあり、現に健保法の適用を受ける健保組合(自治体健保)を組織していた自治体を共済組合方式に強制的に変更させられず、これを組織していなかった自治体と別に扱うこととなったと思われる。しかし、それが立法政策として著しく公平を欠き無効であるとまでいうことはできず、少なくとも本件にそのような事情をうかがわせる証拠はない。このように健保法の適用のある健康保険組合と、地方公務員等共済組合法の適用のある共済組合とでは、おのずから制度の仕組み、内容等を異にしているのであるから、等しく地方公務員が被保険者になっている組合であるからといって、両者を同一に扱わなければならない理由はない。したがって、一方が事業主の保険料負担割合を二分の一を超えて定めることを許していないのに、他方がこれを許しているからといって、後者が法の下の平等に反し無効ということはできない。

四1  また、原告らは、自治体健保において、事業主の保険料を負担割合二分の一を超えて定めることは、税金により公務員の実質的給与を賄うものであり、違法であると主張する。

しかし、事業主の負担する保険料は、負担割合が二分の一以下の部分であっても、それを超える部分と同様の性質を有するから、二分の一で区分し、二分の一以下の部分は実質的にも給与でない負担金、超える部分は実質給与ということはできない。また、健保保険金の恩典を受けるのは保険給付原因が生じて所定の手続を経由した被保険者だけであるから、現実に保険給付を受けない被保険者は保険給付の恩典を受け得る地位にはあるが受給前は現実に恩典を受けたわけではない。しかも、保険料は被保険者も負担しているので、事業主の負担した保険料(のうちの負担割合二分の一を超える部分)が特定の受給者の保険金に姿を変えたというように結びつけて捉えることはできない。したがって、事業主負担の保険料(のうちの負担割合二分の一を超える部分)が被保険者に対する実質給与ということはできない。

2  さらに、原告らは、事業主と被保険者との保険料の負担割合が二分の一宛でなければならないことの根拠として、厚生省基準「第9財務」の1において、「事業主の負担を増す場合においても、少なくとも、法定給付費、老人保健拠出金、日雇拠出金及び退職者給付拠出金に要する費用の二分の一以上は、被保険者が負担するよう定めることが適当であるとされていることを掲げる。

しかし、厚生省基準は、行政庁内部における通達であって法規ではないし、当然ではあるが内容的にも要望にとどまる表現となっているから、健保法適用の自治体健保の事業主負担の保険料の支払が右通達の趣旨に適合しないとしても直ちに違法となるものではない。

五  以上によれば、訴外組合が前記のように保険料の負担割合を定め、被告市長がこれに従い保険料を訴外組合に支払うこととし、また既に支払ってきたことに、原告らの主張するような違法があるとはいえない。

ただ付言すると、地方自治体の財源が適正に使用されなくてはならないのはいうまでもないところ、自治体健保における事業主たる自治体が負担する保険料の主な財源は市町村民の納める税金である。しかも、事業主自身は健康保険における直接の受益者でない。したがって、社会保険という政策的な観点から決定される要素もあるとはいえ、事業主たる自治体が負担する保険料は、適正な規模のものでなければならないということになる。そうすると、沿革的なことが原因となってのことであろうが、同じく被保険者を地方公務員としながら、一方で保険料の負担割合が二分の一と固定されている地方公務員等共済組合法の規定に基づく市町村共済組合があり、他方で負担割合を二分の一を超えて増加できるとする健保法の規定に基づき現にこれを増加させている訴外組合のような自治体健保がある(その数は、四六であり、その今日における事業主負担割合は六二パーセントから七八パーセントである。―〔証拠略〕)ということには、平等及び財産の適正管理の観点から原告らのような素朴な疑問が生じることも理解できないではない。そこで、このような違いが昭和三七年以来継続しこれをそのまま将来的に継続させることに実質的な問題(負担率以外の違いをも含め総合的な対比の中で考えるべき問題であろう。)がないかどうか、また二分の一を超える保険料負担割合を決定できる訴外組合の組合会がこの問題に個別の見地から取り組む場合の実情等(負担割合の変更を決定する場合の基準ないし考慮要素、変更の可能性と限界等)に問題がないか等について、関係者によるさらなる検討があってもよいのではないかと考える。

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 近藤裕之)

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